いろいろなHP

他の方々のHP、BLOGをアクセスして思うことは、皆さんそれぞれホントに文才があり、楽しいユーモアのセンスが素敵…素直に「凄いなぁ」って尊敬してしまいます!
KENも皆さんに喜んでいただけるように努力しているつもりですが、いかがでしょうか?
多分、人間はみんな寂しさを連れて生きてる動物で、毎日が苦悩と憤りの連続ではないでしょうか?
そんなストレスの解消に少しでもお役に立てたらいいんだけど…

KENはしごく単純に、どんなコメントでも素直に喜んでしまいます!
難しく考えないで、どんなことでも構いませんのでカキコして欲しいです。コメント無いと寂しいんです。

どうかこれからも仲良くして下さい…。
よろしくで~す♪
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語学力

KENの英語は大したことない。
文法がよく解らなくて、全然ブロークン♪
英語の歌を沢山歌って来たので歌詞を引用したりして、単語の羅列でなんとかフィーリングを伝えてしまう。
多分、向こうの人には「ワタシ アナタ スキノコトアルヨ!」みたいに聞こえるんだろうな~♪
外国人と恋愛したことあるけど、そういう時はひたすら寡黙!
日本男児のサムライ魂で挑んだ……
何のこっちゃ~?
とにかく英語を喋れるのは凄く素敵な事…
もし子供が居る人は絶対バイリンガルにすることをお勧めするよ!
それと海外に行くこと!
日本との違いが解ることで、生きてるのが楽しくなるから…ネ♪

アムステルダム 1



五十歳の誕生日はオランダのアムスで迎えた。


この国は日本が鎖国している間に、芸術、医学、政治、文化が急速に進歩を遂げて精神的先進国になった。


ライチ広場では、夜はピアノとチェロのクラシック演奏が響き渡り、昼間はジャグリングやパントマイムなどの大道芸人が観衆を笑わせていた。


広場のそばにある教会を改造したライブハウス 【パラディソ】は連日様々のジャンルの音楽が演奏され、2000人余りの観衆が集まって、楽しんでいた。


ドリンクの紙コップが床に散乱していてその辺はアバウト!


その近くにある【ブルドッグ】というクラブはディスコタイム、ショータイム、カラオケタイムにわかれていて、カラオケタイムではイーグルスの[ホテルカリフォルニア]を全員で大合唱していた。


英国以外ではヨーロッパで一番英語の通じる国で、カウンターの女性に「I'm a Japanese!」と言うと、「Oh!No!Look so nice!」とか言われた♪


教会の鐘は15分ごとに[ラブミーテンダー]などのメロディーを奏で、モダンな形と色彩の市電の♪♪チリチーン♪♪という音が印象的だった。


音楽が溢れているこの街も、観光客の懐を狙った置き引き、ひったくり、スリが横行していて当局も頭を痛めていると聞いた。


運河ではボートレースが開かれ、親衛隊の少女達が歓声を挙げながら自転車で追いかけていた。



アムスはKENのお気に入りの街で、三度も行ってしまった!




週末小旅行 山中湖

湖畔の友達の別荘に泊まりに行った。
あいにくの霧で富士山とは対面できず残念だったけど、土曜日の夜はジャグジーバスで都会でのストレスを解消した。
自然のクーラーと深い沈黙が気持ち良かったよ。
日曜日は別の友達の別荘に合流して、バーベキュー。
焼きマシュマロが美味かった。
久しぶりの小旅行で夏を満喫した。

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KENの好きなタイプのブチのワンちゃんがいた。
「会えなかった富士山によろしくな!」


”エモーション” 2

口コミで噂が広まり、連日アメリカンスクールの連中やアメリカ兵が列をなした。

アメリカンスクールの学園祭で演奏したときには、ドノバンという歌手の[ラレーニャ]というスローバラードが受けた。

アストロでのラストナンバーは決まって[この世の果てまで]というバラード、その曲を聴くために最後まで居る女性ファンも多かった。

ホールに飾ってあったKENの写真パネルが盗まれたり、店の前に飾ってあったブロマイドが鍵をこじ開けて20回くらい盗まれたりした。
東京から行きはグリーン車、夜中の3時に終わると帰りはタクシーだったが、7時から3時まで5回ステージは体力が続かず、KENは大病で1年間療養することになり、自然消滅..丁度その頃レコーディングの話が決まりかけていた。

その後ソロでデビューすることになり、KENにとって大きなターニングポイントになった。

テレビにも出なかったし、音源も残っていない、たった1年間僅かな人に愛されたまさに幻のバンドであった。

”エモーション”

ビーバーズの解散が決まり、KENは平井正之と”エモーション”〔感動〕を結成した。
最初の頃は永田町のレストラン【パシャクラブ】等で演奏していたが、どこの店でも「音が大きい、小さくしろ、小さくしろ」と言われるのでブチ切れてマイクを使わずに生声で歌ったりしていた。

そんなある日、横浜元町のミュージックレストラン【アストロ】に出演した。「音はいくら大きくてもいい」と言われ一回目のステージはまさに水を得た魚。
クリームと言うエリッククラプトンのバンドの[アイムソーグラッド]という曲を演奏した。まさに「アイムソーグラッド」だったんだ!
演奏が始まった途端、たった二人のお客だったカップルがいきなり踊り始めた。

一回目のステージが終わるとマネージャーが飛んで来て言った。
「専属バンドになってくれ。」

”ザ ビーバーズ”

キングレコードの半沢さんというディレクターが、石間秀機の七色の音色のギターが気に入ってレコーディングする事が決まった。そして名前が一般受けするようにと”ザ ビーバーズ”に変わった。
デビュー曲[初恋の丘]はオリコン36位、セカンドシングル[君なき世界]は69位まで行った。
TBSの朝番組ヤング720の準レギュラーになり、人気もありました。朝起きて窓を開けると、ファンの子が10人くらい待っていた。
仕事は主にジャズ喫茶で、ステージに上がると「KE~N!! KE~N!!」と黄色い歓声が沸き上がった。ジャズ喫茶は当時の若者の健全な遊び場で、今では無くなってしまったのが残念だ。ステージが終わると20人くらいの女の子が家までついて来て、三々五々帰って行き誰も居なくなってからデートに出掛けたりした。アッ、これは秘密の話!
雑誌『平凡』の人気投票で13位だった。
3年間いつも女の子に囲まれて過ごしていたが、今一つパッとしなかった。
ヒット曲に恵まれていれば、また違う人生だったかも知れない。
でも、今までの自分の人生に悔いはない。
だって26年間回り道したけれど、ファンの皆さんの愛に包まれているんだから!!!

上野アニソンカーニバル

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アニソンカーニバルが終わって、正直ほっとしている。当たり前だけど、歌詞も間違えなかった。
ステージで初めて歌ったコスモスドリームも無事に歌い終えて一安心。
雨の中来て下さった方々に心からお礼を言います。ありがとう!!!
ところで、サプライズゲストの桜木健一さんが主演した 『刑事くん』 でストーリーの展開に合わせて「素晴らしい愛ととも」にがフルコーラス流れた回があったんだよね!
思い出すのが遅くて、桜木さんとはほとんどおしゃべりしなかった。
残念~だっ!!


リハーサルとちょっとお遊び

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今日は上野が近づいたので、軽~くリハーサルした。
遊びでハウンドドッグ(86点)と焚き火(85点)と初恋の丘(89点)を歌って見ました。
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その後ゲーセンでUFOキャッチャーをしました。残念ながらスヌーピーは取れませんでしたわ!



”ジ アウトローズ”

札幌で20歳になったKENは将来の事を考えるようになっていた。
そんな時東京から来た ”スリーファンキーズ” と『丸善』で競演した。そのバックバンドのドラム 淡村悠紀夫氏に「東京に来ないか?」と誘われた。 ”ジャローズ” というグループの時だった。KENは「ギターの石間秀機と一緒ならいい」と彼を推薦した。結局2人は上京し ”ジ アウトローズ” が結成された。その頃は主にビートルズの曲を演奏していて、人気があった。ライブが終わると外に100人くらいの女子中高生が待っていた。今にして思えば凄い事なんだが、その頃は生意気に普通だと思っていた。一年半後レコーディングの話が来た。

『丸善』

話はさらにさかのぼる。
小学校3年のとき、母に連れられて札幌の『丸善』というジャズ喫茶でクレイジーキャッツを観て音楽の楽しさを知り、高校に入って時々通うようになり、東京のバンドに飛び入りで歌わせてもらったりした。そして16歳のとき、『丸善』で新人発掘コンテストで入賞した。

サンフランシスコ



話は戻るけど、チリの帰りシスコに4日間立ち寄った。


ドイツ人のクラウスという長身の青年とジャックという言う背の低いイギリス人の青年と友達になって案内してもらった。


友達になるのは簡単で,「He~y Ma~n」と話かければすぐ仲良くなれる。


グラント通りという昔の原宿のようなところは、ヒッピー達が『 オレ達の街は汚い 』とみんなで一晩中かかって建物の壁をペンキで塗り直したそうだ。


金曜日になるとゴールデンゲートとそばにある世界一の人工公園をスプリンクラーで清掃して、週末はみんなお弁当を持ってピクニックする。


芝生は立ち入り自由でキャッチボールしたりエンジョイするんだ。


ケーブルカーの走る坂道の多いこの街はもっと居たかった。


特に山の手に行くとピンクの壁に焦げ茶の窓枠、その隣がグレーの壁に黒い窓枠その隣に青い壁にピンクの窓枠といった具合に一軒一軒が綺麗なのに隣ともコーディネートしているんだ。



優しさ溢れる街だったなぁ。



また行きたい、なぁ~。




コペンハーゲン 2

歩いて廻れるくらいの小さな街だった。
ウインドウショッピングしている時に、家具屋さんがあって、そこで観た白木の家具が気にいって、東京に帰ってからパインの家具を揃えた。
なんか凄く落ち着くんだよね。

コペンハーゲン

ストックホルムから列車に乗って途中、そのまま列車ごとフェリーに乗りデンマークに着いた。
当時オーディオマニアだったKENは月に7冊オーディオの本を読んでいて、高級オーディオを持っていた。デンマークでは、世界的メーカーB&O(バングアンド&オルフセン)のショールームに行った。その時見たベオマスター1900と言うレシーバーとベオグラム4002というプレイヤー(ニューヨーク近代美術館永久保存の製品)が気に入って絶対手に入れようと思った。5年後やっと手に入れた。デザインも性能も抜群で、オーディオのロールスロイスという代物、残念なことに故障してしまい、今はBOSEを使っている。
返す返すももったいない事をした。
あぁ無念だ~。

追伸:ストックホルム

PS デンマークの話の前に、言い残した事。ストックホルムを歩いていたら、成吉思汗という看板を見つけた。札幌育ちのKENはジンギスカンが大好きなので、思わずその店に入った。漢字のメニューに成吉思汗火鍋と書いてあり、「これこれ!」なんて頼んだら、出てきたものは、なんと羊肉のしゃぶしゃぶ! 間違えて頼んじゃったんだ。ところが、それが馬鹿ウマ!まさかのまさか、独特の匂いもまったくなくてタレはジンギスカンのタレそのもの、まさに怪我の功名! いまだに忘れられない味☆☆☆☆☆
ジンギスカンは子羊を食べるわけだから、ちょっと可哀想という罪の意識と一人では予約できないので、ここ何年か食べるチャンスがない。

おやつタイム

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今日のおやつは、くず餅とわらび餅とクッキーです。
嬉しくていつもより多めに笑っております!


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